
掲載日:2012年02月14日
今回は、07〜09年に横浜市民ギャラリーあざみ野(以下ギャラリー)と共同で行ったちょっと特殊なアウトリーチをご紹介します。
世界一周旅行から帰ってきた私は、カンパニー活動とは別に、「中高生だけのダンスカンパニーを作りたい」と考え始めました。それまでのように大人のプロダンサーと創作することに意義を見いだせなくなったからです。そこに、たまたま横浜市の私の自宅近くにあるギャラリーから「子供を対象にワークショップをやって欲しい」というお話をいただいたのですが、「それなら中高生を集めて、ワークショップだけでなく、作品つくりまで持っていきたい」と提案をしました。
問題はどうやって中高生を集めるかです。ここ数年若者に人気のストリートダンスなら興味を持つでしょうが、私のようなダンスをどうやって中高生に知らしめるのか?
そこで出たアイデアが、「学校に出向きゲリラ的に校内を踊りまくって興味を惹けないか?」というものです。これが「ダンスジャック」です。
まず、ギャラリーから横浜市の教育委員会や中学高校に連絡を取っていただき、このアイデアをぶつけてもらいました。そこでいくつかの学校から手が上がり、07年度に5校、08年度に4校で実施しました。
いわゆる「鑑賞教育」と呼ばれるものは、体育館などに全校あるいは学年単位で集まり、舞台上の公演を鑑賞するのが通例です。でもこのダンスジャックは、ゲリラ的パフォ−マンスを通じて、生徒が「目と鼻の先で」生きた芸術表現に触れ、学校という日常への新たな視点を投げかけることを目的としています。
昼休みやその後の休憩時間、掃除の時間などに、伊藤キムが突然現れ踊りだします。といっても、生徒たちには事前に簡単なチラシを渡すなど、サラッと告知はしておきます。廊下を走る、教室に乱入して生徒の弁当を食べる、生徒のカバンを開けて中の教科書を開く、校庭を走り回る、、、
こういったことを、校長や担当の先生方などと事前に打ち合わせた上で、すべて即興で展開していきます。ほとんどの生徒は遠巻きに眺めていますが、中には一緒に踊り出す子もいます。
生徒と距離を置きすぎるとちゃんと交われない、一方で絡みすぎると小さな表現に陥り、コントのようになってしまう。この辺のバランスが難しく、また面白いところでもあります。ですが、基本的には私のほうから積極的に働きかけるようにしています。でなければ何もコミュニケーションが生まれないので。 また、通常の時間だけでなく、以下のような状況もありました。
学校によって時期・事情が多種多様なので、学校・ギャラリーと相談の上、それぞれに応じた内容を展開していく必要がありましたが、結果として私のやり方がワンパターンに陥るのを避けることができました。
ダンスジャックツアー2007~元石川高校
ダンスジャックツアー2007~港北高校
ダンスジャックツアー2007~港北高校
ダンスジャックツアー2007~橘学苑高校
この年はさらにバリエーションが増し、中学に隣接したコミュニティハウス、自閉症などの障害を持った生徒が通う養護学校、部活とのコラボなど、さまざまな状況での展開となりました。
また、2回目となった港北高等学校では、ダンスジャックの後に「ダンス批評講座」を実施しました。これは、目の前で私が踊るのを観てから、自分なりの言葉で批評文を書いてその場で発表するという内容です。自分の考えや思いをアウトプットするのが苦手な生徒に、ダンスという特殊で強烈な素材で刺激を与え、言葉で自分を表現することを促したい、そういう意図がありました。
ダンスジャックツアー2008~戸塚高校
ダンスジャックツアー2008~戸塚高校
もともとは「中高生だけのダンスカンパニーの人集め」という動機で始まったこの企画は、そこだけにとどまらず、学校・生徒たちの日常に大きな置き土産を残していく形となりました。その詳細についてのお話は、次回に回します。
最後に、各学校の先生方や生徒たちのコメントを紹介させていただきます。
そして次回最終回は、学校現場でのアウトリーチの持つ意味について、私なりのまとめをする予定です。題して「アーティストはナマハゲだ!」
港北高等学校教諭 高木慶子
ダンスジャックで生徒たちは、圧倒的な力を持っている大人がすぐそばに来て何かを感じるという体験をしてくれたと思います。
国語表現Ⅱは、2年生のときに国語表現Ⅰを受講していた3年生が受講していて、その最後の仕上げとして、作品を見て表現することに挑戦しています。その中で行った今回の「ダンス批評講座」では、伊藤キムさんが子どもたちの言葉をすぐその場で拾い上げて講評していく、逆に生徒から見ると取り上げられていくという経験がすごく希少価値のあるものだったと思います。普段の生徒たちは、ちょっと大変そうなことを言われるとすぐに「無理」と言ってしまうけれども、今回は必死になって書いていました。よかったな、成功だなと思っています。
今の高校生は自分をどうやって表現したらよいかわからなかったり、人と違うことに対する恐れがあったりして、「こんなことしていいよ」と許された場でしか自分を出せないという面があります。ならば、それが許された場所をより多く提供し、表現に対する好奇心を引き出すきっかけになればと思っています。
東山田中学校コミュニティハウス館長 竹原和泉
コミュニティハウスは中学校の中にある、赤ちゃんから大人まで使う地域の生涯学習の場です。その特色を活かし、この空間でダンスジャックをすることは、学校だけで行うのとは違う効果があるだろうと思い、お話を進めてきました。
実際にダンスジャックが始まってみると、生徒たちに表情の変化がありました。最初は廊下にいつもと違う人がいるというのを感じて大騒ぎになって、その大騒ぎか続くのかと思うと、「何か違うものが始まろうとしているんだ」とか「自分たちは知らないけれどこれがアートの世界の新しいものなんだ」とわかった子たちがいました。そして中庭に来て、小さな子どもや地域のダンサーが一緒に加わったことで、おおげさに言えば「学び」のような出会いがあったなと思っています。
何が起こるかわからない、新しくてちょっと冒険なことを半歩進んでやっていくことができるのはコミュニティハウスだからこそだと思っています。だから、今回のダンスジャックも私たちにとってはチャレンジでしたし、これからもこのような活動を続けていきたいと思っています。
神奈川県立麻生養護学校教諭 岡安玲
高校生対象のワークショップで、手の中の水や砂を想像して注ぐ動作を見たときに、みんなきちんとできていて、楽しそうだったことに驚きました。発達障がいの特徴の一つに「想像性に欠ける」ということが言われるので、それを意識してしまうと思いつかないワークショップでした。障がいへの知識があることで、本当は子どもが持っているはずの力を見落としてしまうことがあるのだと、プロのアーティストのワークショップを通して気づきました。
ダンスジャックツアーは「日常の中の非日常」をテーマにしていますが、子どもたちにはそういう非日常を自分たちの日常に変えていく力があって、すごく楽しそうでした。中には、ずっと伊藤さんの手を離さなかった小学生や、一緒に踊りだした子がいました。中学生たちがあんなに一緒になって興奮している様子を見たのは初めてです。
今後の生徒たちに小さな反応が絶対出てくるだろうし、このような刺激を与えることで一人一人の育ちにつながると思います。
ダンスジャックツアーの様子は、こちらでさらに詳しくご覧になれます。
2007年
http://artazamino.jp/events-archives/past-workshop/19_dance_jack_tour/
2008年
http://artazamino.jp/events-archives/past-workshop/dance_jack_tour_2008/
PHOTO:山口遊
http://kimitoh.com/振付家・ダンサー。1987年、舞踏家・古川あんずに師事。
90年ソロ活動を開始。95年ダンスカンパニー「伊藤キム+輝く未来」を結成。96年『生きたまま死んでいるヒトは死んだまま生きているのか?』でフランス・バニョレ国際振付賞
を受賞。01年『Close the door, open your mouth』および『激しい庭』で、第
一回朝日舞台芸術賞寺山修司賞を受賞。05年「愛地球博」の前夜祭パレードで総
合演出をつとめる。同年、白井剛氏とのデュオ『禁色』(原作・三島由紀夫)を
発表。また劇場作品だけでなく、パブリックスペースの階段を使った『階段主
義』や、学校や美術館などを使った作品も多い。作品では、根源的なテ-マとし
て「日常の中の非日常性」を、風刺と独特のユ-モアを交えて表現している。05
年から06年にかけ、バックパックを背負って半年間の世界一周の旅に出る。07年
春より「伊藤キム+輝く未来」から「輝く未来」にカンパニー名称を変え、新た
な形態で再始動した。08年横浜文化賞文化・芸術奨励賞受賞。
現在、京都造形芸術大学准教授。